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新橋西エリアで生まれる、フードテックイノベーション:(第10回)「#Interviews まちづくりってどんな人が携わる?」

虎ノ門と新橋の中間に位置する「新橋西エリア」は、オフィスワーカーが往来する地域。再開発の進む虎ノ門エリアとは対照的に、中小規模のビル群が並ぶ落ち着いた雰囲気が特徴です

そんな新橋西エリアでは現在、“食”を通じたまちづくりが進められています。2023年に新施設「Sustainable Food Museum(以下、SFM)」が開設され、サステナブルなフードテックを展開するスタートアップ企業の、新たなアイデアやサービスを紹介する「まちなかショーケース」として機能しています。施設内では、フード販売やイベントも行われ、近隣の企業や飲食店との交流も活発化するなど、イノベーションの場として活況を呈しているのです。

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SFMを起点とした新橋西エリアのまちづくりは、UR都市機構(以下、UR)と、株式会社リバネスおよび新進気鋭のスタートアップ企業であるSustainable Food Asia (以下、SFA)株式会社のJVにより進められてきました。今、新橋西エリアでは何が起こっているのか。2社の対談をお届けします。

〈UR都市機構〉
東日本都市再生本部 都心業務部 事業推進第3課 主幹
伊比 友明
 
〈Sustainable Food Asia 株式会社〉
代表取締役
海野 慧



新橋西エリアの特徴と、これまでのまちづくりの内容を教えてください。

UR都市機構 東日本都市再生本部 都心業務部 事業推進第3課 主幹 伊比 友明

伊比:港区に位置しながら築年数の古い建物が残るのが、新橋西エリアの特徴です。虎ノ門エリアに入居する企業のオフィスワーカーは新橋駅を利用することも多く、通勤やランチの時間帯には、多くの人がこのエリアを行き来します。2014年には環状第2号線にあたる「新虎通り」が開通し、「新虎通りエリアマネジメント」という一般社団法人が発足。URはエリマネ事務局として、この場所に拠点を構えることになりました。
 
2020年までは事務所1階部分をコミュニティ活動拠点として運営していたのですが、コロナ禍の影響で活動が難しくなり、施設の運用方針を転換することになりました。2021年よりオフィス街の特性を活かし、ベンチャー企業の技術や取り組みを発信する「まちなかショーケース」を運用してきました。
 
そうした中でSFAさんにご協力いただけることになり、2023年6月にリニューアルしたのが“食”にフォーカスしたSFMです。


SFMはどのような施設なのでしょうか。運営における2社の役割を教えてください。

Sustainable Food Asia 株式会社 代表取締役 海野 慧氏

海野:SFMではまず、国内およびアジアにおけるフードテックのスタートアップ企業の取り組み・商品を常設展示で紹介しています。フードテックといっても内容はさまざまで、アップサイクリングによる製品開発、プラントベースフード、培養肉など、幅広い企業にご協力いただいています。また施設内の「サステなおむすび」では、地球や身体にやさしい食材を使用したおにぎりを販売し、オフィスワーカーや近隣住民の方々に楽しんでいただいている形です。

SFM内にお店を構える「サステなおむすび」

伊比:定期的にイベントも開催しています。毎回テーマを設けてトークイベントや試食会を実施しており、フードテックのスタートアップや飲食関連企業、関心の高い一般の方々などにご参加いただいています。今年1月にはカイコやコオロギを材料にした食品をテーマに、食糧課題や昆虫食の可能性について議論しました。SFMではこれらの活動を通じた交流により、食に関する新たなビジネスが生まれることを目指しています
 
海野:その中で私たちSFAが担っているのが、場づくりです。スタートアップ企業とのつながりやイベントの企画・運営など、いわゆるイノベーションのエコシステムづくりを進めています。

SFMで開催されたイベント「Sustainable Food NIGHT」の様子

伊比:URは主にまちづくりを担当し、行政機関や地域の方々との連携・調整などを進めています。目指しているのは、街全体を使ってイノベーションを起こしていくこと。SFMのような場を新橋西エリアに増やしていくこともURの役割です。

そもそもなぜ、フードテックに注目したのでしょうか?

伊比:新橋や虎ノ門は数多くの飲食店が集まっており、キッコーマン株式会社や株式会社永谷園といった歴史ある食品会社さんもオフィスを構えています。オフィスワーカーによる飲食需要も高いので、新橋西エリアは食との親和性が高いという仮説を立てた上で、その仮説を海野さんの協力のもと検証しています。

海野:持続可能な食産業の基盤を構築することを目指すSFAは、近年活発化する東南アジアのフードテックベンチャーと、技術力が高い日本の食関連企業を掛け合わせる活動をしています。食は全人類共通のテーマであり、日本は世界に誇る技術や文化を備えています。新橋西エリアのポテンシャルを活かしながら、街全体を一つのインキュベーションエリアにして、さまざまな関係者が集まれば、次世代につながるイノベーションが生まれるはずだと考えたんです。

二人が考える、「イノベーションを支える場づくり」とはなんでしょうか?

海野:多くの関係者が集まり、日常的に交流や議論が生まれる場をつくることだと考えています。様々な事業者はもちろん、消費者も含めて自然と行き交う場を生み出し、お互いを知るだけではなく、そこから協力し合う“仕掛け”をつくっていくことができるかどうかが大きなテーマとなると考えています。
 
新橋西エリアに拠点を増やしていくことで、そういった関係者が集うことはもちろん、近隣のオフィスワーカーたちも自然と、「最近、食に関する話題をよく聞くようになったよね」と、社会や健康の課題に理解を深めるきっかけが増えるはずです。そこから新たなビジネスも盛り上がっていくと考えています。

コオロギなど天然素材を多く使用した栄養バー「GRILLO BAR」
ジャックフルーツを加工したサステナブルな代替肉「フルーツミート」を使用したツナマヨ

伊比:実際にSFMには、サステナブル事業を開拓している企業の新規事業開発部門の担当者や、農林水産省など官公庁の職員、学生や外国人の方などもお越しいただいています。既にイベントでは関係者同士の交流も生まれており、「こんなことはできないか」といった議論もはじまっているようです。
 
海野:食は誰しもが関わるテーマなので、会話が弾みやすいのでしょう。一方で、国際的に見て日本は水産業が低迷しているなど、意外と知られていない課題も多いです。その辺りをイベントなどで共有し、目線を一つに合わせると、議論が一気に盛り上がります。
 
伊比:私自身もこの事業を始めるまでは、食に関する社会課題をほとんど理解していませんでした。海洋環境が悪くなっていたり、すさまじい量のご飯が捨てられていたりと、SFMでは普段意識しないことに気づかされます。全員が当事者である食の課題を、技術の力で乗り越えようとするのが、フードテックのスタートアップの皆さんです。その知見に幅広い人々が出会えるハブとしてSFMが機能すれば、イノベーション創出を支えられると考えています。

今後、SFMや新橋西エリア開発で成し遂げたいことを教えてください。

伊比:地元の飲食店さんと連携を強めていきたいです。現在(取材時)も既に、SFMで展示している株式会社AlgaleXさんというスタートアップの商品「うま藻だし醤油」を近くの飲食店さんに使っていただき、期間限定メニューを販売しています。うま藻だし醤油は、水産業における養殖課題の解決から生まれた、魚の10倍のDHAを含むだし醤油です。コラボ先の一つである白老食堂さんでは、北海道産ホタテと組み合わせ、「北海ホタテ漬け丼」を開発してくれました。
 
海野:新橋西エリアには社会課題に関心のある素敵な飲食店がたくさんあるので、皆さんとのコラボレーションは大切にしたいですね。SFMで展示する商品の多くは、その場で食べることができないのですが、飲食店さんに使っていただければ「〇〇に行けばお召し上がりいただけます」と案内することもできます。スタンプラリーのように街を巡ることが社会課題解決にもつながるという、新しいアクションの形を生むことができるしれません。

SFMで展示されているサステナブルなフードテック関連商品

伊比:また、SFMは展示がメインなので、他にもスタートアップが利用できるシェアキッチンのような施設やテスト販売できる場などが増えると、商品開発の試作といった機能が増え、商談やコラボレーションの幅も広がるでしょう。
 
海野:虎ノ門エリアがグローバルなビジネス拠点に進化しつつあるので、新橋西エリアにも海外の方々にお越しいただきたいですね。欧米の食品関係者は日本に対する関心が高く、アジアのベンチャーの水準も上がってきています。新たなプレイヤーが日本でビジネスをする際、新橋西エリアを足掛かりにしてくれたら嬉しいです

皆さんが思う、まちづくりに携わるにあたって重要なマインドや考え方を教えてください。

伊比:いろいろな形のまちづくりがありますが、SFMで取り組もうとしているのは“場づくり”です。URはハードをつくるのは得意ですが、エリアの特徴や地域の資源を生かして、魅力的な場をつくり上げるとなると、URのまちづくりに共感し場の価値を一緒に高めてくれるパートナーが必要です。実際にその場所を活用して新しいものを生み出していくのは、海野さんのような熱量のある人たち。幅広いプレイヤーの方々と協力しながら、よりよい地域を育んでいきたいと思っています。
 
海野:自分のキャリアの中で、まちづくりにまっすぐ向き合ったのは初めてでした。でも、今まで見てきた地域を振り返ると、盛り上がっている街には必ず良質なソフトがある。新橋西エリアにも“食”というソフトがすでにあるので、私たちはそこにスパイスをまぶせ、さらに美味しくするような役割を担うことで、よりエネルギッシュな街にしていきたいですね。

取材・執筆:相澤優太
写真:示野友樹