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国立〜赤い三角屋根の駅舎がシンボルの、文化が薫る文教地区〜(第10回)「#エモ街」

懐かしくて新しい“エモ”な街を巡る連載「#エモ街」。10回目となる今回は、東京都国立市を訪れます。


東京駅から電車で約45分、東京郊外の多摩地域に位置する国立くにたち市。

JR中央線国立駅の南口を出るとまず目につくのが、赤い三角屋根の「旧国立駅舎」。国立駅が開通した1926年(大正15)年に創建された国立のシンボルで、2006年に惜しまれつつも解体されましたが、保管していた部材を活用して2020年に再建。現在は「まちの魅力発信拠点」となり、待ち合わせ場所や展示・イベントスペースとして活用されています。また、ストリートピアノの演奏や、DJなどの音楽イベントが催されることもあります。

大学通りの歩道にある旧駅舎のタイル絵

国立のもう一つのシンボルが、国立駅から南へとまっすぐに伸びる「大学通り」。春は桜、秋はイチョウの並木道になり、夏は新緑、冬はイルミネーションが楽しめます。大学通り沿いには「一橋大学」があり、大学生が多く行き交う通りはとても活気があります。

春夏秋冬を通してさまざまな表情を見せる「大学通り」
「くにたち自然と文化の散策路」のひとつとして、大学通りの側道には
「まちの緑と学問の道コース」も

魅力が詰まった小さな美しい市

一橋大学を中心とした学園都市として、歴史を重ねてきた国立市。国立駅から半径1.3キロメートルは「文教地区」に指定され、落ち着いた文化的な雰囲気が漂います。
 
国立市は面積8.15キロ平方メートルと、日本で4番目に小さな市ですが、なんと23もの商店街があり、魅力的な個人店がたくさんあります。今回は、そんな国立市の中心となる国立駅南口エリアを巡ってみましょう。

学生にも愛される“故郷”のような場所「ロージナ茶房」

レトロな雰囲気の入口

国立駅南口のロータリーを抜けて、大学通りを歩くと、最初の角の路地裏に「ロージナ茶房」があります。

「ロージナ茶房」は、1953(昭和28)年創業の老舗喫茶。画家でありジャーナリストでもあった創業者の故・伊藤接さんが、世界中を旅した際にどの街にも必ず地域に根付いたカフェがあるヨーロッパのカフェ文化に感銘を受け、アトリエも兼ねた喫茶店を構えたのが始まりです。

絵画が壁に飾られる1階

伊藤さんが国立を選んだ理由は、当時から学生街として多様な人の出入りがあった国立に、「東京の下町出身の自分のことも受け入れてくれそうな、懐の深さを感じた」ことだそう。

そんな「ロージナ茶房」は、学生たちのゼミが行える地下ルームがあるなど、昔も今も学生に愛されている喫茶店でもあります。遠方からこれを目当てに訪れる人もいる名物メニュー「ザイカレー」は、辛さとしっかりとしたコクのある風味。ちなみに、その辛さゆえに、激辛カレーとして学生たちの罰ゲームにも使われていたそうです。

大人気メニューの「ザイカレー」と、濃厚な味わいのミルクセーキ

店内には伊藤さんや奥様が蒐集した絵画や彫刻が飾られ、文化人やアーティストが集う場にもなっています。常連でもあり、国立に住んでいた直木賞作家の山口瞳さん(「男性自身」シリーズ、『血族』『居酒屋兆治』などの作品で知られる)は、「住みたい街には、行きつけの鮨屋と喫茶店があることが重要」と話していたそうです。

アンティーク調の装飾がある店内

「ロージナ茶房のある国立が学生街であったことで、この喫茶店がより一層アカデミックな場として存在できていました。ですので、学生街としての国立は変わってほしくありません。学生無くしては、国立はないと思っています」と、「ロージナ茶房」の担当者は話します。

「ロージナ」とはロシア語で「故郷」という意味。国立駅を降りたら、学生たちにも愛される“故郷”のような存在の名物喫茶を訪ねてみませんか?

タイムスリップしたかのような、ノスタルジックな雰囲気を味わうことができる

ロージナ茶房
住所/東京都国立市中1-9-42
営業時間/11:00〜22:30
定休日/なし(元旦と1月2日のみ休み)
Instagram/https://www.instagram.com/poanha/


多摩地域のアートの入り口「museum shop T」

駅前からも近い、雑居ビル内にあるお店

大学通りから少し逸れた路地にあるミュージアムショップ「museum shop T」は、2017年11月に「地域の文化と本のあるお店」をコンセプトとしてオープンしました。

雑居ビル内はエメラルドグリーン色で、個性あふれる雰囲気が漂う

店主でありデザイナーの丸山晶崇さんは、文京区出身。2009年にフリーランスとして独立した際に、「中央線デザイン倶楽部(後に中央線デザインネットワークに改称)」という活動で国立を訪れるようになり、国立に事務所を構えることに。

店主、デザイナーの丸山晶崇さん

丸山さんは、ただ事務所を構えるのではなく、アーティストや作家の企画展、美術系の本やアートブックを並べた書店を開くなど、事務所兼お店スタイルの場所を作ろうと考えました。それから仕事の広がりやスタッフの増員に合わせて国立市内で移転を重ね、「museum shop T」は3回目の移転先なのだそう。

展覧会が開催されているときのみオープン

「多摩地域で暮らすクリエイターや作家は多いのですが、地元ではその存在はあまり知られていません。たとえば、世界的にも活躍している美術家の奈良美智さんは、地元である青森でもよく知られているし、青森のシビックプライドにもつながっています。でも、多摩地域のクリエイターの発表の場といえば都心が中心。なので、国立に彼らの発表の場をつくり、この地域にアートを起点とした文化を根付かせたいと考えました」(丸山さん)
 
ギャラリーや美術館だと敷居が高くても、ミュージアムショップなら敷居が低く感じられる人は多いはず。アートに関心がなかった人が、アートに目を向けるきっかけを育みたいと、丸山さんは考えています。

丸山さんのデザイン事務所が手がけた書籍は購入可能

10月5日(土)〜19日(土)には、漫画家でありながら金継ぎ部を主催するなどユニークな活動をしている堀道広さんの展示「ライス大盛り無料」を開催。本展示のために「museum shop T」が企画・制作したオリジナルグッズも販売されました。

展覧会「ライス大盛り無料」の様子

また、10月5日(土)〜20日(日)には、「Kunitachi Art Center 2024」というイベントが開催されました。国立のカフェや雑貨店、ギャラリーなど18カ所が展示会場となり、アーティストの創作現場にも立ち会うことができます。これは、丸山さんが代表を務める「一般社団法人ACKT(アクト)」が運営を担当する、まちなかアートプログラムで、2020年から毎年開催されています。

今年で5回目の開催となる、まちを巡りながらアートに出会う16日間のイベント
「Kunitachi Art Center 2024」

museum shop T
住所/東京都国立市東1-15-18 白野ビル3F
営業時間/13:00〜19:00
定休日/日・月・火
※展示会期中のみオープン。予定は公式HPとSNSにてご確認ください。
Instagram/https://www.instagram.com/T_museumshop/
公式HP/ https://t-museumshop.com/


新しい地ビールを醸す「KUNITACHI BREWERY」「麦酒堂KASUGAI」

古民家のような「麦酒堂KASUGAI」の入口

国立駅南口から徒歩15分ほどの閑静な住宅街に、クラフトビールの醸造所と、琥珀色ののれんが掛かったレストランが現れます。
 
2020年11月に醸造開始した「KUNITACHI BREWERY」と、同時期にオープンしたビアレストラン「麦酒堂KASUGAI」は、国立で130年続く老舗酒屋「せきや」の新たな挑戦としてスタートしました。醸造長の斯波しわ克幸さんと、セールスマネージャーの小林なおさんにお話を伺います。

(左)醸造長の斯波克幸さん、(右)セールスマネージャーの小林なおさん

「醸造を開始してから、まずは国立の新しい地ビールを作りたいと思いました。国立は、1930年の一橋大学の移転をきっかけに開発された国立駅前エリアと、谷保天満宮を中心とした古い町並みが残る南側エリアという、“古い”と“新しい”という二つの側面を持っています。クラフトビールもまた、伝統を新しく捉え直しながら続いてきた一つの文化。そんな“古いは新しい”を体現するビールとして、『1926』を醸造しました」(斯波さん)

「麦酒堂KASUGAI」の隣にある「KUNITACHI BREWERY」

ビール名をあえて「国立駅舎ビール」ではなく、駅舎が竣工された年である「1926」にしたのは、「地名をただ消費するのではなく、飲む人に由来や歴史を探ってみてもらいたいから」。ラベルには、大きく広がる青空の下に、赤い三角屋根の旧国立駅舎が描かれています。

さらに、伝統を新しく捉えなおす挑戦として、北欧の伝統製法 Raw Ale を日本で初めて醸造し、リリースしました。これまでビールの工程には「煮沸」が欠かせないとされてきましたが、Raw Aleは1,000年以上前から現在まで、北欧のいくつかの土地で受け継がれている「煮沸しない」Raw(生)製法でつくられているビアスタイルです。その特徴は、煮沸することで消えてしまうふくよかなコクや、飲みごたえにあります。

醸造所の様子

「KUNITACHI BREWERY」では現在、煮沸する製法のエールやラガーと並び、Rawスタイルのビールも製造しています。

オリジナルのビール

そして、「麦酒堂KASUGAI」では、そんな醸したてのビールと料理のペアリングを楽しめます。

(左)生姜焼きを南イタリア風にアレンジした「三枚肉の生姜焼きとオニオンピュレ」と
「秋のあわい(一年熟成)」、(右)馴染みのある和食の味をクラフトビールに合わせてアレンジ。
「味噌麹に漬けたサバのクリームチーズコロッケ」と「Cavenian -Simonaitis」

「日々、地元の方から遠方の方まで、年齢層も幅広いお客様が来られます。クラフトビール好きの方にとっては多種多様なビールが味わえますし、地元の方には街を題材にしたビールが好評です。お一人でも、団体でも、ぜひお気軽にお越しください」(小林さん)

広々とした1階の店内。2階席もあり

麦酒堂KASUGAI
住所/東京都国立市東3-17-27
営業時間/
月・火・木
11:00〜15:00(L.O.14:30)17:00〜21:00(L.O.20:00)
金・土 11:00〜22:00(L.O.21:00)
日 11:00〜21:00(L.O.20:00)
定休日/水曜日
Instagram/https://www.instagram.com/kasugai_beer/
公式HP/https://b-kasugai.com/


心地よい住環境が若者にも人気のまち

国立富士見台団地

大学通りを南へ進んでいくと、東西に広がる富士見台エリアに、UR都市機構(以下UR)が管理する「国立富士見台団地」「いちょう並木国立団地」があります。

いちょう並木国立団地

住みたい街ランクで常に上位にランクインする国立の中でも、富士見台エリアは緑豊かな公園のように心地よい住環境で、若者にも人気があります。

URでは、昭和37〜40年度にかけて富士見台地域で防災、安全、景観などの観点から住みやすい街を作る土地区画整理事業を行いました。さらに2022年、URと国立市はこの富士見台地域をモデルケースにした、まちづくりに関する連携協定を締結。今後より一層連携を強化し、「多様な世代が生き生きと暮らし続ける住まい・まち」の実現に向けた施策の推進を目指しています。

また、国立市が「国立市富士見台地域重点まちづくり構想」の一環としてスタートしたまちづくり講座「クラブサバーブ」では、市内外からの参加者がやりたいことやアイデアを持ち寄って、富士見台エリアで「ヤミイチ」というマルシェを開催し、実現させるというプログラムも生まれるなど、新たな文化が生まれる風土を兼ね備えたまちでもあります。

歩いているだけで、歴史や文化を感じられるまち・国立。お店巡りやイベントへ、ぜひ足を運んでみませんか?

今回巡った場所

取材・執筆:加藤優
写真:梅沢香織
編集:福津くるみ