さんかく問屋街〜日本橋横山町・馬喰町エリアの新進アドレス巡り〜:(第2回)「#エモ街」
ちょっと懐かしくて新しい“エモ”な街を巡る連載2回目は、「さんかく問屋街」をお届けします。東京の東側、都市再生が進むエリアで、馬喰町や横山町、東日本橋あたりに位置します。
横山馬喰町は江戸後期の1792年に19軒、1827年に62軒の問屋登録があり、1851年には144人が問屋組合名簿に名を連ね、すでに当時から問屋集積の立ち位置を確立していた記録があります。
また横山町は、江戸時代初期に幕府から知行地(大名が家臣に与えた土地)を与えられた御家人、横山某が町名の由来と言われています。馬喰町は古くより馬市の立つ町として旅宿として栄え、関ヶ原の戦では出陣前の馬の検閲と演習を意味する「馬ぞろえ」が行われた歴史も。
馬喰町に宿泊して横山町の問屋街でじっくり品物を選ぶという「街としての機能」が生まれ、地方からの集客も誇っていたエリアです。
関東大震災後の区画整理で道幅が広がり舗装道路ができた「新道通り」は、横山町と馬喰町の境に位置します。通りに店を開くと成功する花道とされ、”出世街道”と呼ばれるように。
昭和の大不況時に、期日までに代金を支払えない小売店が増えたことから「現金安売り問屋」という看板を掲げる店が多くなり、日本最大の現金卸問屋街が形成されました。(横山町 馬喰町 新道通り会ホームページより抜粋)
歴史ある街ながら、現在は「遊休不動産」を多く有する都市再生エリアとなった馬喰横山問屋街。URでは新道通りをはじめ、周辺にある「三角」地帯を「さんかく問屋街」として、様々な人が「参画」する街づくりに関わっています。今回は、この街で新しく育まれているコミュニティやカルチャーを生み出すお店を巡ります。
「ビーバーブレッド」行列が絶えない“街のパン屋さん”
2017年11月のオープン以来、朝8時から賑わうパン屋「ビーバーブレッド」。都営地下鉄浅草線の東日本橋駅から徒歩2分ほどの場所にあるお店は、1日およそ500人が足を運ぶ人気ベーカリーです。創業から5年を経た今では、お店の前が「ビーバー通り」と呼ばれるほど、地域に溶け込んでいます。
「うちのお店を目当てに遠くから来てくれるのもありがたいのですが、自分たちの住む街のパン屋で売っている焼き菓子を他の街の人にあげる、という習慣に貢献できているのがうれしいですね。昔から銀座が職場だったので、帰り道に立ち寄れるこのエリアには10年以上前からなじみがあったんです。
当時は“イーストトーキョー”として再開発が始まり、飲み屋さんで著名な方と肩を並べられるような気安さがありました。その時に、いろんな人たちから『パン屋が欲しい』と言われるようになったんですね。ここで生活している人たちが望んでいるならという思いから、パン屋をオープンしてみようと思ったんです」
「さんかく問屋街」は、少し足を伸ばせば東京メトロ小伝馬町駅やJR浅草橋駅にも歩いていける立地を誇ります。昔気質な商売を続けている街ならではの治安のよさや、区画整理された街並みや住みやすい環境が揃っているということで、近年は住宅街としての開発も進んでいるエリアです。
「店を開けたタイミングも良かったと思います。蔵前や清澄が盛り上がり始めて近隣にカフェブームが起きたり、人の流れがこのエリアにも作られたり、商機があるのを感じていました」
外観や内装にも、割田さんらしさが詰まっています。「ビルの特性を生かして、イギリス下町のパン屋さん的なイメージと、日本らしい侘び寂びを感じる空間にしています。ロンドンの古い建物は狭くて天井も低いので、内装を手がけた友人と参考にしながら作り上げました」
80種類以上のパンやお菓子が並ぶ店内は、随時焼きたての商品が運ばれてくるサプライズもうれしい演出です。おすすめのパンを聞くと、ひとつに絞るのは難しいと悩みながら、出来立てが人気のサンドウィッチやサラダ、惣菜パンを挙げてくれました。
「看板メニューを作るというより、街に溶け込むパン屋を作りたかったんです。自分の経験や技術を街に還元していくイメージでやっていくとうまくいくんじゃないかと思って、これまでやってきました。オープンから5年、この街に教えてもらったことはたくさんあります」
2022年9月には、近所に姉妹店「ブーケ」をオープン。「ビーバーブレッド」の焼きたてパンと野菜たっぷりサラダやスープが味わえるモーニングやランチの他、カフェタイムには、旬のフルーツと選りすぐりの素材を使ったスイーツが楽しめるなど、用途に合わせて使い分けたくなるレストランです(土日祝限定のランチコースは要予約)。
東日本橋エリアに欠かせないパン屋となった「ビーバーブレッド」は、今後もさまざまなプロジェクトを進行中。地域に根差した活動から、目が離せません。
「パーラーズ」NZコーヒーを片手に語らう憩いの場
続いてご紹介するのは「パーラーズ」。1993年にニュージーランドで誕生したスペシャルティコーヒーロースター「コーヒースプリーム」がプロデュースしているカフェです。2021年10月のオープンから1年半、地域住民やおしゃれな人々が集まる場となっています。
「最初は通りかかる皆さんに『こんにちは』とお声がけしていました。そのうち常連さんが増えてきて、SNSを見てドーナッツが食べたい! など、何か目的をもって来店される若い方々も増えましたね。ワンちゃんが入れる、というのも集客の一因のようです。近所の愛犬家の間で口コミが広まるなど、色々なところで輪が繋がっています」。そう話してくれたのは、「コーヒースプリーム」でコミュニケーション プランナーを務める上田優花さん。
人との関わりを大切にしているという「コーヒースプリーム」。シェアオフィスを展開する「みどり荘」が馬喰横山エリアに進出する時に、リノベーションする施設の1階をカフェにしたいと相談され、新業態の「パーラーズ」が生まれました。
「お店を作るまでは、この場所にゆかりがなかったので『本当に人が集まるのか?』と不安でした。でも実際オープンしてみると、日本橋という歴史のある街ながら、新しいものに対して興味を持っている方がすごく多い印象です。
この辺りに新しいお店ができると、とりあえず行ってみようか? という前向きな方が多く、よかったらみんなに広めるよ、というコミュニティも出来上がっています。『パーラーズ』もそうですけれど、お店とお客さんが対等ですね。そして、お店同士の仲が良いのも特長だなと思います。
隣は昔からある喫茶店なのですが、朝6時半から午後2時までという営業時間でビジネス利用される方が多いんです。その後に、近所のご婦人が休憩所として『パーラーズ』に立ち寄ってくれることも。『コーヒーを買わなくても、座って行ってください』とお声がけすることもあります」
カフェに集まるお客さんの中には、クリエイティブな職種も多いと上田さんは語ります。
「もともとは渋谷や西の方でお仕事されていた方が、落ち着いたところで仕事をしたいと移住されているようです。この周辺は建築系のアトリエが多いので、デザイナーの方も常連さんです。落ち着いた時間が流れている東のエリアで生活する上で、コーヒーを飲めるカフェやおいしいパン屋さんが近くにあるという環境が出来上がってきているので、感度の高い人たちが集まってきている実感があります」
居心地のいい空間はもちろん、目移りしそうなメニューをラインナップしているのも人気の理由。「コーヒースプリーム」ご自慢の豆を使ったエスプレッソやカフェラテを始め、紅茶やソフトドリンクにキッズ向けのココアやミルクなどを揃えています。先にご紹介した徒歩3分のところにある「ビーバーブレッド」のパンを使用したトーストも人気。取材時には近所に移転オープンしたベイクショップ「オブゴベイカー」の案内をしてくれるなど、ここにいるだけで地域の情報を自然と受け取ることができるのも魅力です。
「DDD HOTEL」宿泊から広がる新しい日常の過ごし方
最後にご紹介するのは、1980年代に建てられたビジネスホテルを全面改築して2019年11月にリニューアルオープンした「DDD HOTEL」。JR馬喰町から徒歩3分ほど、靖国通りに面し “コレクティブホテル”として、デザインやアート、食など様々な分野のクリエイターが集うハブ的な役割を担う場所です。
1階のエントランスに一歩足を踏み入れると、大通りの喧騒を感じさせない落ち着いた空間が広がります。ホテル全体の空間設計はケース・リアルの二俣公一さんが手がけています。併設しているアートギャラリー「PARCEL」は、海外の主要アートフェアにも参加する気鋭のギャラリーで、元立体駐車場の特徴的な空間にて、日本国内の作家を中心に数々の展示を行っています。
1日3組限定のフレンチレストラン「nôl」は、開業初年度からミシュラン1つ星を獲得している気鋭のイノベーティブ・レストラン。厨房で腕をふるうのは、国内の料理コンテストで多くの受賞歴を誇る野田達也さんが率いる少数精鋭の料理人集団。特別な日のディナーに予約したいコースが評判です。
フロントの先に広がるのは、カフェ&バー「abno」。北欧を代表するロースタリー「coffee collective」から届く最高のコーヒー豆をバリスタが一杯一杯丁寧に淹れています。「カフェには、近隣にお住まいの方やお勤めの方もいらっしゃいますね。ホテル開業後、すぐにコロナウイルス感染症の拡大で行動制限がかけられた中、私たちのホテルではそういった環境下でも対応できるような飲食部門を強化してきました。バースペースにあるローテーブルは、夜になると火を灯していて、ゆったりとお過ごしいただける空間作りをしています。また定期的にイベントを開催しており、違うカラーの方が来店するきっかけになっています」
2023年に支配人となったばかりという、塩尻さんが今回の取材に応じてくれました。「私たちが大事にしているのが『ここで働く人が重要』という考え方です。また『親切な隣人』をテーマに掲げていて、スタッフ一人ひとりがそのテーマを再現できる接客を心がけています。従業員は、少人数ながら20代後半〜30代の女性が中心で 、コミュニケーションが活発な職場ですね。仕事において各々の個性を尊重していますし、マニュアルがないのもユニークかもしれません」
“ホカンス”(ホテルとバカンスを組み合わせた造語)として利用する人や、仕事をしながら滞在するワーケーションなど、多様化する個々のニーズに応えるサービスを提案している「DDD HOTEL」。
「ホテルサービスの最大の利点は、宿泊という長い時間、お客様と接点を持つことができることです。いらした方々から新たなコミュニティが広がって、近隣のエリアがより盛り上がっていくお手伝いができればと思っています。様々なシーンの接続先がDDD HOTELになるといいなとスタッフとは話しているんです」
ホテルの裏手にある建物には新たなアート・コンプレックスを設け、アートとの取り組みを拡張しているとのこと。馬喰町エリアの「今」を感じられるホテルステイを、ゆっくりと満喫してみてはいかがでしょうか。
いつも自然に人が集まる、新たな問屋街を目指して
UR都市機構は、2016年に日本橋問屋街で始動した「日本橋問屋街 街づくりビジョン」の具体化に向けて、同年から参入。問屋が廃業した空きビルを買い支え、コミュニティスペースやシェアオフィスなど、エリアの活性化に繋がる事業者に多様な用途で活用してもらっています。
また、地域の方々と協業して「日本橋さんかくプログラム」を立ち上げ、これまで様々な不動産と事業者のマッチングを行って来ました。
なかでも注目を集めているのが、「TOI(トイ)ビル」での事例です。「器のサブスク」という事業を行う一方で、5階建てのビルをフロアごとに異なる用途で利用しています。1階のカフェ「セゾン」は、さんかくプログラムを通して事業者同士がマッチングし、同じビルをシェアすることになったというエピソードも。思わぬ化学反応が起きた好例となっています。
「休日に問屋街へ出掛けてみよう、新しくビジネスを始めてみようなど、最終的に自然とこの街に惹かれて流入してくる方が常にいるようにしていきたいなと思っています」
「このあたりの物件は”狭小”など個性があるので、その個性に魅力を感じる事業者をマッチングすることを重視しています。交通の便がいい場所でありながら、賃料が低く設定しやすいので、スタートアップや新しい事業を始めたい方にとって参入障壁が低いのが特長です」
そう語るのは、2022年の入社後から「日本橋さんかくプログラム」を担当しているUR都市機構の大村歩。問屋街の遊休不動産のリノベーション物件で業務を行う彼女は、仕事で関わるうちに問屋街の魅力に気づいた一人です。
「歴史のある問屋街ながら、新規事業に対して排他的なムードは全くなく、新しい人やものが混在していくことに非常に寛容だなという印象を受けています。変化を歓迎してくれる土壌があるので、クリエイティブな発想をもった方にいらしていただきたいですね。
場所が問屋街ということもあって、一階が街に開いている構造ビルが多いので、東京の都心部でありながら人と人との交流が生まれやすい環境であることも街の良さだと思います」
2023年は、URが参入して8年目となります。新しく問屋街に入ってきた方々にも参画してもらえるような取り組みを増やすことを新たな目標にしています。一方で、2016年から問屋街が設定している「日本橋問屋街 街づくりビジョン」を実現していくためのお手伝いを、引き続き街の方々と協力しながら進めていければと思っています。