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美波町~新たな魅力が生まれ、穏やかににぎわう海辺の門前町を散策~【第12回 #エモ街】

懐かしくて新しい“エモ”な街を巡る連載「#エモ街」。12回目となる今回は、徳島県海部郡美波町を訪れます。


山と海に囲まれたコンパクトな門前町

四国の南東部に位置する“みなみ阿波”エリアにある海沿いのまち、徳島県の美波町。JR徳島駅から牟岐線で約1時間半、車で約1時間10分の距離にある、人口約5,700人(2024年12月現在)の小さなまちです。

約2キロにおよぶ断崖絶壁の海食崖「千羽海崖」や、うみがめが産卵に訪れることで知られる白い砂浜「大浜海岸」など、太平洋沿岸ならではの雄大な自然が見られ、一帯は「室戸阿南海岸国定公園」に指定されています。なお、まちのシンボルでもある「日和佐うみがめ博物館カレッタ」は現在、リニューアルに向け休館中です(2025年夏にオープン予定)。

1996年に日本の渚百選に選定されている「大浜海岸」

そんな美波町の中心地は、JR日和佐駅周辺になります。美波町は、2006年3月31日、日和佐町と由岐町が合併して誕生。美波町の中心地である日和佐地区は、厄除けの寺としても有名な四国八十八箇所第23番札所「薬王寺」を中心に、のどかな門前町として栄えてきました。

「発心の道場」といわれる阿波最後の霊場で、高野山真言宗の別格本山でもある「薬王寺」。
厄除けの寺院として全国的に有名な場所

山の中腹に建てられた「薬王寺」から「大浜海岸」まで、徒歩で約20分。その間に商店や民家がぎゅっと集まったコンパクトな街並みで、特に、商店が連なる「薬王寺」の表参道「桜町通り」や、「あわえ」と呼ばれる細い路地が入り組む日和佐浦地区には、明治・大正期に建てられたという風情ある建物が数多く残っています。美波町が認定した歴史的建物「美波遺産」を巡りながらまち歩きをするのもおすすめです。

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お店が連なる「桜町通り」から見える「薬王寺」も、風情のある景色のひとつ

UR初のサテライトオフィス「うみがめラボ」

小さなまちでありながら、徳島県下最多である30近くのサテライトオフィスがあるのも特徴のひとつ。美波町は、活気あふれるにぎやかなまちであり続けることを目指し、「にぎやかそ(にぎやかな過疎の町)」というキャッチフレーズを掲げて地方創生を進めています。その一環として、2012年から積極的にサテライトオフィスの誘致をしているのです。

UR都市機構(以下UR)も、美波町にサテライトオフィスを構える会社のひとつです。

「大浜海岸」の近くに建てられている「大浜津波避難タワー」

太平洋に面する町として昔から津波の脅威にさらされてきた歴史を持つ美波町は、2018年3月にURと「美波町における津波防災まちづくりの推進に向けた協定書」を締結。さらに、2021年4月には、「美波町における津波防災まちづくり・地方都市再生の推進に向けた協定書」を改めて締結し、美波町が実施する地方都市再生の推進についてURが支援を行うことに。URは東日本大震災の復興支援事業などで培ったノウハウを活かし、高台整備への技術的支援や、南海トラフ巨大地震に備えた津波防災まちづくりの検討支援などを行っています。

美波町の雰囲気にも合う、古民家を改修した交流拠点“うみがめラボ”

これらの取り組みの拠点として、2021年11月に、築100年を超える古民家を改修し、UR初のサテライトオフィス「うみがめラボ」が誕生しました。 「こども防災クッキング」や「謎解き防災まち歩き」、さらには「高台整備現場見学ツアー」など、美波町と連携しながらさまざまな防災教育プログラムを開催。地域の防災活動に協力し、古い街並みを活かしながら、安心して暮らせるまちづくりを進めています。

経年変化を楽しむ藍染や泥染めの革小物「HWDT」

建物入口には「美波遺産」の看板も掲げられている

美波町が進める地方創生のもうひとつが「門前町再生化事業」。空き家となった「美波遺産」に登録されるような古民家を商店などとして活用し、門前町の活性化に取り組んでいます。そんな歴史ある街並みを受け継ぐ魅力的なお店を、日和佐地区の「桜町通り」を歩きながら巡ってみましょう。

まず訪れたのは、1910年竣工の遍路宿「旧旅館櫻屋」。2022年6月に、千葉県出身の革職人・藤原ひろむさんが営む工房兼ショールーム「HWDT」へと生まれ変わりました。

オーダーメイドはもちろん、既製品もオーダーを受けてから受注生産

屋号「HWDT」の由来は、高さ、幅、奥行き、時間の頭文字。「作り手が形を生み出し、使い手が時間をかけて育てていく」ことから、「誰かの時間を彩るものづくりができれば」という藤原さんの思いが込められています。

天然染料で染め上げた革を使い、ひと針ずつ、手縫いで仕上げているというこだわりの革小物たち。「革の経年変化を楽しんでもらいたい」と、長く愛用できるシンプルなデザインに仕上げられています。

革職人の藤原拡さん

以前は、東京で友人と革製品のブランドを運営していたという藤原さん。シーズンごとに新商品を店に卸すものづくりではなく、「一人ひとりのお客さんと直接関わりながら自分の作品を売っていけたら」との思いで独立。受注生産で小さくものづくりをしていくなら東京にこだわらなくてもいいと考えた藤原さんは、「暖かくて自然が多いところが良いなあ」と、地図をぼんやりと眺めていて気になったのが徳島県だったと話します。

移住フェアの徳島県ブースで美波町を勧められたことがきっかけで初めて下見に訪れ、好条件な物件と巡りあい、2021年9月に移住してきました。「海、川、山に囲まれた田舎でありながら、生活に必要な商店なども揃っていてコンパクトで生活しやすい町という印象でした」

バッグ、コインケース、キーホルダーなど、見やすくディスプレイされているショールームの様子

職業の隔たりなくいろんなジャンルの人と繋がりが生まれていくのは、この小さなまちならではと感じます」と、藤原さん。

隣町の海陽町で天然染料を使って染色活動を行う「Hi-COLOR handworks」の庄司さんと出会って以来、徳島の伝統文化である「藍」や、奄美大島発祥の「泥染め」で染めた革での製品づくりをスタート。「猟師さんとも知り合うことができたので、シカなどの害獣駆除された動物の皮を使った製品づくりも進めているところです」。このまちでの新しい出会いから、藤原さんのものづくりがさらに広がっているようです。

「自分の作品に興味を持ってもらって、徳島のことや徳島の藍染めのことを知ってもらう、そんな風になったらおもしろいなと思います。自分の作品がこの町に訪れるきっかけになれたら最高です

HWDT
住所/徳島県海部郡美波町奥河内寺前106-2
営業時間/12:00〜17:00
定休日/月〜金
Instagram/https://www.instagram.com/hwdt.leather/
公式HP/https://hwdt.jp/

地鶏・阿波尾鶏や地魚など徳島県南の特産物が味わえる「ひわさ屋」

出格子や2階の高欄など風情ある建築的特徴が残されている

桜町通りの商店街を海に向かって歩いていくと、日和佐川にかかる厄除橋に差しかかります。橋のたもと付近にあるのは、かつて材木商を営んでいたという築100年以上の旧薩摩家住宅を改装した飲食店「阿波尾鶏・地魚ひわさ屋」。2006(平成18)年開店で、美波町でいち早く古民家を活用したお店のひとつです

オーナーの井岡茂樹さん

オーナーは大阪出身の井岡茂樹さん。兵庫県尼崎市で飲食店を営んでいましたが、2004年に美波町に移住してきました。

「当時、長男のアトピーがひどくて自然の多い環境での生活を考えるようになりました。田舎暮らしがしたいと思っていた妻と、サーフィンが好きで海の近くで暮らしたいと思っていた自分と、家族の目的がひとつになって移住を考え始めたんです」

和歌山、宮崎……いろいろな町を検討したそうですが、物件がすぐに見つかってとんとんと話が進んだのが美波町だったそうです。「自然がすぐ近くにあるのが魅力。夏になれば、子どもたちと日和佐川でよく遊びました。子育てには最適な場所ですね」と振り返ります。

人気のランチメニュー「海山ごはん」。この日の地魚はヨコワマグロ、平アジ、ヒラメ

「ひわさ屋」の名物は、なんといっても徳島県の地鶏、阿波尾鶏。「柔らかくて、食べ飽きないおいしさ」が阿波尾鶏の魅力だと話す井岡さん。隣町の海陽町からその日のうちに新鮮な鶏を届けてくれるそうです。

そんな阿波尾鶏をサクっと揚げた唐揚げで楽しめるほか、県南で獲れた鮮度抜群の地魚がセットになった「海山ごはん」は、ランチタイムの人気メニューです。

そのほか、肉厚な徳島県阿南市のシイタケ、徳島県小松島市の真牡蠣、阿南市椿泊町のシラスなど、近郊の特産物が楽しめる定食がたくさん。「新鮮な素材を提供することを大事にしている」という井岡さんの料理への思いから、自ずと地産地消のメニューが並ぶようになったようです。

古民家の雰囲気を生かした落ち着いた内装

地元の常連客やお遍路さんなどの観光客でにぎわう「ひわさ屋」では、ここ数年になってインバウンドのお客さんが増えてきたといいます。「オーバーツーリズムにならないくらいが理想ですね。自分は儲けるために移住してきたわけじゃないですから。休日にはサーフィンをしてゆっくり暮らして、長く静かにこの店を続けていけたら、それが一番です」と、井岡さんは笑顔を見せます。

阿波尾鶏・地魚ひわさ屋
住所/徳島県海部郡美波町奥河内寺前122
営業時間/11:30〜14:00、17:30〜21:00
定休日/水、第2・第4火

また美波町に来たくなる! おみやげのセレクトショップ「日和佐日和」

旧八嶋電機店舗を改修したお店

最後に訪れたのは、薬王寺から歩いてすぐ、桜町通りの商店街の入口にあった電機店として使われていた古民家を改装し、2024年4月にオープンしたみやげ店「日和佐日和」です。

美波町に本社のサテライトオフィスを置き、大阪と台湾の3拠点で活動するウェブ制作会社「まめぞうデザイン」が手がけています。大阪ではジビエの店、台湾茶の店の2店舗の経営もしており、オーナーの「美波町に貢献したい」という気持ちから、徳島県南部の特産品を中心に取り扱うみやげ品のセレクトショップを美波町でオープンすることになったそうです。

店内には、デザインを得意とする会社のセレクトだけあって、かわいらしく、おしゃれなパッケージの商品がずらり。海産物やタケノコ、ユズなどの特産物を使った加工品、乳酸菌発酵の阿波晩茶など、“みなみ阿波”の魅力が詰まった商品が並んでいるほか、徳島県西部の茶園「曲風園」や徳島県北部の老舗醸造元「福寿醤油」など、県南部ではここでしか手に入らないような徳島県内の「いいもの」を選りすぐった品揃えです。

美波町の漁師で元料理人の江本達哉さんがプロデュースした加工品
パッケージに宛名などを書き込んでそのまま郵送できるデザインの「旅するコーヒー」。
お遍路さんが多く立ち寄る美波町ならではの、アイデアの詰まった商品

コーヒー豆のオリジナルブレンドや、ジャム、入浴剤、台湾茶のジェラートなどといったオリジナルの商品も展開。また、地元の生産者たちと新しいみやげ品を共同制作する企画も進行中だそうです。

店長の棚橋ひかりさん

「また美波町に来たいと思ってもらえるきっかけになるようなものを届けられたら」と、店長の棚橋ひかりさん。

徳島県阿南市出身の棚橋さんは、沖縄県の石垣島でダイビングインストラクターとして働いていましたが「生まれ育った徳島で何かやってみたい」とUターン。「自然が近くて、小さな町の中だけで生活が完結できる、人も温かい。そんなところが石垣島と似ていると感じて、美波町で暮らしたいと思いました。移住者も多く、個性豊かな人が多いので楽しいまちだなと感じています」

土産品のラインナップは300点以上。中には県外のおすすめの商品も

みやげ店といっても、観光客だけでなく地元の人にも利用してもらえるよう、醤油やお酒、ナッツの量り売りなど、日常的に購入してもらえる商品も取り扱っています。オープンして半年以上経った現在では、気軽に立ち寄ってくれる地元のリピーターも増えてきているそうです。

「実は店名の肩書きとして、“遊べるおみやげハウス”とあります。定期的にワークショップやイベントを企画して、町内外の人の“遊びの場”として楽しい体験ができる場所にしていきたいなと、いろいろ企画中です」と話す棚橋さん。これからますます多くの人を呼び込む楽しいスポットとなっていきそうです。

遊べるおみやげハウス 日和佐日和
住所/徳島県海部郡美波町奥河内寺前229-3
営業時間/11:00〜17:00
定休日/月、第1・3日、不定休
Instagram/https://www.instagram.com/hiwasabiyori/
公式HP/https://hiwasa-biyori.com/

古い街並みながらも、個性的で魅力あふれるお店が増えている美波町。山も川も海もすぐ近くで楽しめる美波町・日和佐地区を、のんびりと散策してみてはいかがでしょうか。

うみがめをモチーフにしたものを見つけるのも、日和佐地区のまち歩きの楽しみに

今回巡った場所

取材・執筆:森 香菜子
写真:町田益宏
編集:福津くるみ